2月
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自分が強烈に否定していたことをやってしまうと、快感を得られるが、その後に自己嫌悪が襲ってきて、もう戻れなくなってしまう感覚に陥る、という話。
私は自分語りが嫌いなのだが、学生との交流の場で自分語りして快感を得ている自分に気付き、激しい自己嫌悪を感じたことがある。
また、話している相手に対して技術者特有の有無を言わせない刺のある言葉を発するのが嫌いなのだが(私はこれを「論理的な言葉の暴力」と呼んでいる)、たまにそういうことをやって快感を得ている自分に気付き、同様に自己嫌悪を感じた。
「帰り道がわからない」
「俺もだ」
映画『わらの犬』より
『わらの犬』は暴力を否定していた物理学者が最後に強烈な暴力を行使してしまい、絶望的な自己嫌悪に襲われる話だ。 運転中のシーンで主人公は上記のようにつぶやくのだった。
How does it feel. How does it feel.
To be on your own. With no direction home.
Like A Rolling Stone Lyrics - Bob Dylan
さて、どう感じるだろう?
帰り道がわからなくなるのはもうしょうがない。 戻れないなら、もう前に進むしかないのだ。 問題は、どこに進むか、だけである。
たとえまた帰り道がわからなくなるとしても、どうせなら反省を生かしてよりよい場所に向けて車を走らせていきたいと思う。